関東の武将「江戸重道」・・・その1
口弘治元年(一五五五)生
口慶長三年(一五九八)没
古代末期藤原秀郷の一族が常陸那珂郡に拠って那珂氏を称し、鎌倉御家人として将軍家に仕え、常陸守護佐竹氏に属し同郡江戸郷をえたのが江戸氏でした。
小野崎氏とともに守護代となり、常陸平氏の大探氏が拠る水戸城を奪いました。
通雅・通泰父子は佐竹義舜に協力して佐竹の乱を鎮定、佐竹氏から自立。
忠通は古河公方の内紛で佐竹氏と対立しました。
天文二十年(一五五一)、和議を結び佐竹氏に従い、南郡(鹿島・行方両郡)へ進出しました。
子通政は病弱のため、元亀元年(一五七〇)、元服したその子重通が家督を継ぐ。
結城晴朝の妹が妻です。